更新日:2004/6/22

劔神社の由緒
劔神社の簡単な由緒です



御祭神 安徳天皇 大山祗命 素盞嗚命
 
創立年代は不詳である。
祖谷山開拓の折に大山祗命を鎮祀して祖谷山の総鎮守とした。
寿永4年(1185)、源氏との戦に敗れた平家の一門が安徳天皇を奉じて祖谷の地に
のがれ来たり、平家再興の祈願のため安徳天皇の「深そぎの御毛」と「紐劔」を
大山祗命の御社に奉納。以来劔山と呼ばれ、神社も劔神社と称されるようになった。
一時大劔権現と称されていたが、明治初年劔神社と改称し、明治3年崇敬大社に
列せられ明治6年郷社になる。
『阿波志』(藤原之憲著 文化12年[1815]に、阿波藩の藩撰の地誌として記されたもの)に
「劔祠 在祖山菅生名剣山上去名二里餘頂有石屹立三丈土人以神…謁以名曰劍…」とあり、
すなわち劔の祠は祖谷の菅生から二里のところに剣山という山の上にある。そして頂に高さ三丈
の岩(今の御塔石)があり土人これを以て神と為す。…その形の似たるを以て劔と曰う…とある。
劔山系には586社の社があり(西島神社・八劔神社・古劔神社・両劔神社・宝蔵石神社・
三劔神社など)その総本社が大劔神社である。
 
ご信仰としては、縁結びと安産の信仰がつよい。
 
祭典 5月1日お山開き祭・ 7月17日例祭


劔神社の御輿
劔神社の御輿(みこし)

大劔神社
大劔神社と御塔石(おとうせき)

大劔神社下の
     御神水の御社

御神水(おしきみず
劔神社御本社の大劔神社の御塔石の根本より昔から湧き出ている水があり、その水は万病に効くと云われ古来より汲んで帰る人が多い。
その水は干ばつの時でも涸れたことはなく、汲んで帰り日に当てなければ10年でもくさらず飲むことができるという。

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